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Sammartiniまとめ

Sammartini まとめ
1)Sammartiniとはどんな作曲家なのか
2)Berteauとは何者か
3)なぜ、Sammartini/Berteauのとり違いが起こったのか


1)イタリアの作曲家Giovanni Battista Sammartini(1700 or 1701 - 15 January 1775)は、フランス出身のオーボエ奏者Alexis Saint-Martinを父に、ミラネーゼを母にもつ。ほとんどその生涯をミラノで過ごす。
同時代の作曲家のなかでは、バッハと比肩する成功をおさめ、名声を得ていた。11もの教会の音楽監督の任につき、 Collego de' Nobili で教職にもついていた。
2004年の時点で約450曲の作品がわかっている。合唱、オペラ、室内楽、ハープシコードソナタ・・・多岐にわたるが、特筆すべきは、交響曲をハイドンに先駆けて書いていたこと。全ての楽器の奏法に通じていた。ハイドンに影響を及ぼしていると言及する研究者もいる。のちにフレンチオペラの改革者となるバヴァリア地方出身のグルックは Collegio de' Nobili における生徒であり、ボッケリーニやモーツァルトにも Sammartiniの影響がみられるそうだ。
にもかかわらず、死後急速に忘れ去られて行く。が、交響曲の発明、ヨーロッパの他の音楽家への影響など、音楽史上重要な意味をもつ作曲家である。

2) Martin Berteau(1707-1771)。 フランス人、 北部のValencienne出身。ガンバ奏者として出発したが、イタリアの伝説的なチェリスト Fransiscello(1691-1739)の演奏を聴いて、チェロにすぐさま転向した。パリのサロンですぐに成功をおさめたが、一方フレンチスクールの祖となり、教師であり、生徒には、かのデュポール( Jean Pierre Duport) や、 Jean Baptiste Cupisなど、18世紀のフランスの名チェリストが多数いる。1指と2指の拡張や親指ポジションの使用など、先進的な左手のフィンガリングシステムを用いた。

3)いわゆる "Sammartiniのソナタ"をチェリストたちが弾きだしたのは、1911年に、古いチェロ曲を多数掘り起こして編曲、出版した編曲家 Alfred Moffatが、この曲を発見し、Schottから出版して以来のこと。
ある日Moffatは1748年にパリで出版された、あるソナタのセットから1曲を取り出し、編曲する。そこには作者の名が "Sigr.Martino"(シニョールマルティーノ)と書かれていた。Sammartiniは楽譜に、自分の名を自ら "Martini"とサインすることもあったので、Moffatは、この曲がSammartini作だと間違って同定してしまう。
1772年に出版された"Martin Berteau作のソナタのセット "が1975年に音楽学者によってブリティッシュライブラリーにて発見、ここではじめて謎がとける。1772年のソナタセットは、なかったフィンガリングが付け加えられているが、1748年出版のものと同一とわかる。1748年の"Sigr.Martino"のソナタセットは、 Martin Berteauのものだったと明らかになる。1772年のものは Berteau死後、弟子が出版したものだろうと推定できる。
なぜ、1748年のソナタセットは、"Sigr.Martino"の名のもとに出版されたのか。推測の域を出ないが、当時のパリではイタリアの作曲家による作品が流行しており、イタリア人の名前らしく出版したほうが、売れ行きがよかったからではないかと論じられている。


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2010-05-13 : チェロの曲 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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sanmartiniかsammartiniか

細かい話がえらく続いてます(笑)
漠然と、サンの部分は聖でsanかsaintのはずなんだけど
ほんとにSammartiniでいいのかなぁ~~??
と思ってましたら、細かいところに気がつくこども姉の先生がやはり!
どうなんですか?お母さんときかれましても~~~
私の大学院での専門と前の職業をご存知なんで、何か知っていると思われるのかもしれませぬが。。。

は、は、そうですね~おかしいですね~誤植ですかね~と
言っておりましたが、家に帰って調べてもネット上どこもやっぱりSammartiniとなっておるのです。

Giovanni Battista Sammartini was born to French emigrant and oboist Alexis Saint-Martin and Girolama de Federici in Milan, in what was Austria during most of his lifetime and Italy today.

Wikipediaに上のように載っております。

お父さんはフランスからの移民だったのですね

San-martino とかSan-martini と書く場合もあるらしく、まだちょっと整理がついておりません。
この時代の姓の扱いもよくわからないし。
調べましょう~
2010-05-04 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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